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名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)2481号 判決 1971年4月20日

原告

小林森男

代理人

竹下伝吉

山田利輔

被告

三幸商事こと

加藤柳治

代理人

内藤昌裕

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「被告は原告に対し、金二四三万二〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年一二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決と仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

(原告の請求の原因)

一、被告は不動産売買の仲介を業とする不動産業者である。

二、原告は昭和四一年一二月六日、被告の仲介により名古屋市千種区猪高町大字藤森字香流一〇三番の七四、山林三八六平方米(一一七坪)を3.30平方米当り二万二〇〇〇円の割で、売主訴外津田具胤より買受ける契約をなし、同日、手附金として金五〇万円を被告の手を通じて支払い、昭和四一年一二月一七日被告の世話で所有権移転の登記手続をなし残代金二〇七万四〇〇〇円を支払つた。

なお原告は、同日被告に対し売買手数料として金七万円を支払つた。

三、しかるところ、原告は昭和四二年一一月一一日訴外高坂昌一、同高坂成子両名より前記原告の買受け土地につき所有権移転登記抹消登記手続請求の提訴を受け、名古屋地方裁判所昭和四二年(ワ)第三一七三号事件として審理され、昭和四三年四月二六日敗訴判決を受けた。

四、敗訴の理由は、売主津田具胤が売買物件の所有者ではなく、単に津田が当時の所有者高坂両名の印鑑及び権利証を冒用して、之を不正に自己の名義にしたことが立証されたからである。

五、こゝにおいて、原告は右津田具胤に対し損害賠償の請求をなすべきところ、同人は当時行方不明であり、且つ無資産者であるため、津田に印鑑及び権利証を不用意に預けた右高坂両名を相手方として損害賠償請求の提訴をした。

六、しかる後、原告は右事件において、当事者間で和解をなし訴を取下げることにした。

和解の内容左のとおり

1 原告から高坂両名に対し金二万五〇〇〇円を支払うこと。

2 前記売買物件の二分の一(58.5坪)を原告に所有権の移転をすること。

此の和解の内容は要約すれば原告は高坂より前記売買物件の二分の一を八二万五〇〇〇円で買つたことになる。

この土地の価格は坪当り二万二〇〇〇円であるから本来ならば一二八万七〇〇〇円を支払うべきところ、八二万五〇〇〇円でこれを買受けたこととなるので、原告は差引四六万二〇〇〇円の利得をえたことになる。

七、原告は前記三項の訴訟において弁護士費用及び訴訟手続費用として金一〇万円を支出し、又前記五項の訴訟において同じく金一五万円を支出した。

八、従つて、原告は被告の仲介による本件宅地の取引において

1 金二五七万四〇〇〇円 売買代金

2 金七万円 仲介手数料

3 金二五万円 弁護士費用及び訴訟手続費用

右合計二八九万四〇〇〇円を支出し同額の損害を蒙つたが、一方前記和解により四六万二〇〇〇円を利得したので之を差引くと二四三万二〇〇〇円が現在における損害額となる。

九、被告は不動産売買仲介業者であるから、委託(準委任)をうけて不動産売買の仲介をするには、その趣旨に則り善良な管理者の注意をもつて仲介に関する事務を処理すべきものである。しかして宅地建物取引業法一四条の三によると

「宅地建物取引業者は宅地若しくは建物の売買……の依頼者に対しその者が取得し……ようとしている宅地……に関しその売買……が成立するまでの間に少なくとも次の各号に掲げる事項について説明をしなければならない。

この場合において、第一号から第四号までに掲げる事項についての説明はこれらの事項を記載した書面を交付してしなければならない。

一、当該宅地又は建物の上に存する登記された権利の種類及び内容並に登記名義人又は登記簿の表題部に記載された所有者の氏名。

二、(以下略)」

と規定せられており又、同法一三条によると「宅地建物取引業者は依頼者その他取引の関係者に対し信義を旨とし誠実にその業務を行わなければならない。」とせられている。

一〇、しかるに、被告は右昭和四一年一二月六日の契約当時、登記簿の調査をなせば当然明らかであるに拘らず右業法の規定に基く当該宅地の登記名義人が訴外津田具胤でなく、訴外高坂成子及び同高坂昌一なる旨登記簿に記載せられている旨を説明することをしなかつた。(もし、これがなされていれば当然原告は被告に対し登記名義人が何故津田具胤でないのか問いたゞし、高坂昌一に問いたゞす等の処置をなし得た筈であり、そうなれば本件の如き損害を原告が蒙ることもなかつたものである。)

更に本件宅地の売買は、右高坂両名から津田具胤に一旦所有名義を移し、しかる後に同日原告に所有権移転登記をしたものであるが、これについて当然被告は不動産仲介業者として不審を持ち、売主に対し問いただすべきであるに拘らず、これをせず、手続をすゝめた。(即ち津田具胤は不動産仲介業者であるから、不動産売買の仲介をするのが普通であり、之を買受けることは特別の事情がない限り考えられないことである。)

一一、以上のとおりであつて、被告は業者として当然なすべき善管注意義務務をつくさず調査、説明を怠り漫然訴外津田を売主として原告に紹介し、自ら仲介して本件売買契約を結ばしめたものであり、これにより原告は前記の如き損害を蒙つたものであるから、被告は原告に対し、前記損害を賠償すべき義務あるものである。

一二、よつて、原告は被告に対し債務不履行に基く損害賠償として、金二四三万二〇〇〇円及びこれに対する損害発生の日である昭和四一年一二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁)

一、請求の原因一項は認める。

二、二項のうち原告が被告に手数料として金七万円を支払つたことは争い、その他は認める。

三、三項は認める。

四、四項は争う。

五、五項のうち原告が高坂両名を相手に損害賠償の請求を提訴したことは認めるがその他は争う。

六、原告が高坂両名を相手に和解をなし訴を取下げたことは認めるが和解の内容は不知。

七、七項は不知。

八、八項以下は争う。

(被告の主張)

一、訴外高坂昌一及び同成子は、同鋭子を介し、まず昭和四一年一一月頃訴外津田具胤に対して本件物件につき税金対策上一旦同人の所有名義としたうえ、これを他に売却することを依頼し、次いで同年一二月中旬頃その趣旨で右津田に対して本件土地の売渡証、権利証、印鑑証明書等を手交し、右津田はその間の同年一二月六日頃被告を介して自己の名でこれを原告に売却した。その頃被告は右津田から、原告は被告からそれぞれ本件物件の右所有関係につき説明を受けこれを了承していた。その後右津田及び原告は、被告立会のうえ同月一六、七日頃平出司法書士に対し、予定どおり右高坂昌一外一名から右津田に、さらに同人から原告小林に順次本件土地の所有権移転登記をすべく手続を依頼し、同月二二日頃その手続を完了した。右の次第で、原告に対する右物件の売却並びに所有権移転登記の手続は、何らの過誤もなく終了し、原告は右物件につき完全なる所有権を取得したものであるが、後日紛争を生ずることとなつたものである。

二、本件物件の取引に関して原告に何らかの損害があつたとしても、それは被告の仲介業務とは全く関係がない。

即ち前記津田は、既述の経緯で右物件を原告に売却したものの、その代金を費消してしまつたため、上記高坂外一名に対する右物件の代金の支払ができなかつた。そこで同人らは右損害回復の手段として右物件を取戻すべく、原告小林を被告として名古屋地方裁判所に対し右物件の所有権移転登記抹消登記手続請求の訴(昭和四二年(ワ)第三一七三号)を提起した。右審理の結果、原告小林が敗訴したが、その理由は、所有権の取得につき重要証人である右津田の証人調べは勿論その申請さえもしなかつたこと等原告小林側の主張、立証の不十分によるものである。

その後原告は右敗訴による損害を回復するため、名古屋地方裁判所に対し、右高坂外一名を被告とする損害賠償請求の訴(昭和四三年(ワ)第二一四〇号)を提起した。右審理に際し右津田が、右高坂外一名側の証人として取調べを受けたが、その結果被告が主張するような前記一の経緯が明らかとなつた。右高坂外一名側は右津田の証言の後急拠原告小林に和解を申入れ、原告小林は勝訴を目前にして独断で右和解に応じ且つその訴を取下げてしまつた。

原告は右物件につき完全な所有権を取得しながら、右の如き経緯で敗訴しあるいは和解をして損害賠償請求の訴を取下げたものであるから、その結果仮りに原告小林に何らかの損害が発生したとしても、それは右物件の所有権取得後の自らの失策により生じた損害であつて被告とは何らの関係もない。

三、仮に被告の右主張が認められないとしても右高坂昌一外一名から右津田を経て原告に本件土地の所有権移転登記手続をするにつき必要な書類は完備しており且つ右津田は正規の不動産業者であり同人と被告加藤との従前の取引きにも間違いはなかつたことなどから右津田の言を信じて本件取引きの仲介をなした被告に不動産業者としての過失があつたとは言い難い。また売買の本来の当事者に仲介者が介在することはままあることで、これをもつて被告の注意義務を被告が本件で尽した程度以上に特別に過重する理由とは成し難い。

四、以上のとおりであるから原告の本訴請求は理由がなく棄却さるべきものである。

第三、立証<略>

理由

一請求の原因一項、二項(但し手数料の点を除く)及び三項の事実は当事者間に争いがない。

二つぎに原告は被告が本件土地売買の取引につき仲介をなすにあたり業者として尽すべき注意義務を尽さなかつたものである旨主張するので、この点につき判断するに、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  訴外津田具胤は登録をうけた正規の不動産仲介業者であり被告も同業者として本件取引以前にも、同人と取引したことがあつたが、格別の問題を生ずることもなく、当時においては特に悪評をきくこともなかつた。

(二)  被告は右津田から本件土地の売買につき仲介を依頼されたときは同業者からの依頼ということで事実関係の調査をすることなく、原告に売買の仲介をなした。

(三)  昭和四一年一二月一七日平出司法書士方で登記手続をすゝめる際、被告は本件土地の登記名義人が訴外高坂昌一外一名でありこれを津田名義に移したうえ原告に登記を移転することを知つたが、右津田は右登記をなすに必要な高坂ら名義の権利証書、委任状、印鑑証明書等の関係書類を全て所持しており津田名義にするのは高坂の税金対策上からとの説明をうけ、かゝる例が間々あることを知つていたところから、右津田を信用し、直接登記名義人である高坂らに問合せることなどをしないまゝ手続をすゝめさせた。

(四)  原告も右の際に、右津田が不動産仲介業者であり、登記名義人が高坂昌一外一名であることを知つたが、右津田から高坂らから全部任されていることを聞き、また司法書士に尋ねて、権利証書その他必要書類は揃つていることを確かめたこと更に従前より登記名義人と違う仲介業者が売主として契約することが間々あることを聞き知つていたこともあつて登記名義人と売主の違いについて特に疑問を感じなかつた。

被告本人尋問の結果中右認定に反する部分及び右認定に反する原告本人尋問の結果は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三ところで不動産売買仲介業者が客の委託をうけ、不動産売買の仲介をなすに際しては、委託(準委任)の趣旨に則り善良な管理者の注意をもつて売主、買主双方の間をあつせん仲介し当事者双方が契約の目的を達しうるよう配慮すべきものであることは、当然であるが、これを本件についていえば、前認定のとおり売主が従前より取引のあつた登録をうけた同業者であること、登記各義人が直接売主とならず、仲介業者が登記をうけ売主となることは業者として被告がまゝ経験するところであつたことなどからみれば登記名義人の権利証書、委任状、印鑑証明書等必要関係書類を右津田が所持していることを確認すれば仲介業者としての注意義務は一応つくされているものというべく更に登記名義人に問合せるなどして、売主の権限を確認するまでの義務はないものというべきである。

また前認定のところからすれば被告が本件土地の登記名義人などにつき業法に定められた書面による説明を買主たる原告にしていないことは明らかであるが、前認定のとおり原告も自ら本件取引に立会い登記手続をすゝめる際その事情についてこれを知り乍ら特に問題としなかつたものである以上、これをもつて被告に責めらるべき義務違背ありとはなしえないものといわねばならない。

四以上これを要するに前認定の本件事実関係のもとにおいては被告に対し業者として尽すべき注意義務を尽さなかつたとしてその責を問うことはできないものというべく、従つて、被告の債務不履行を理由とする原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れないものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(上野精)

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